病院における火災対策

前回の記事では「病院における災害対策」を取り上げましたが、今回は「火災対策」を取り上げたいと思います。

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火災対策と災害対策は別物

前回の記事からの再掲ですが 、もう一度火災と災害の違いをまとめておきます。

災害…対象は「地震」「洪水」「テロ」など多岐にわたる。発生時は、病院全体で組織的に対処する必要があり、訓練は病院全体で実施しなければ効果が薄い。

火災…対象は「火事」のみ。発生時は、発生元の部署での初期対応や迅速な避難を行う必要があり、訓練は部署単位で行うだけでも十分に効果的。

  

火災発生時は、その場所のスタッフが迅速な患者の避難誘導であったり、初期消火を行う必要があります。初期対応を現場レベルの判断で速やかに行う必要がある分、災害対策よりも火災対策の方が現場スタッフに求められるレベルは高いのかもしれません。

実際に、他の国の例ですが、病院の火災が患者さんの死亡につながるようなことも起きています。病院で働く人すべてが、基本的な初期対応を同じようにできる必要があるもの、それが「火災対策」です。

www.trt.net.tr

病院における火災対策の手順

1.病院における火災の高リスクポイントの把握

災害の時もそうでしたが、まず病院にとっての火災リスクを特定するところが、火災対策のスタートになります。もちろん、火災は院内のすべての場所で発生する可能性がありますが、特に以下のような場所が火災リスクが高いと考えられます。

➀手術室

電気メスが、患者の口元にある酸素や体内のガスなどと反応すると、たちまち大きな炎が立ち上がります。また患者さんが発火元になるという事態に陥るため、病院の安全管理において、手術室での火災リスクは非常に大きいものといえるでしょう。手術を行う病院では、毎年手術室での火災訓練を行ってもいいくらい、重要であると思っています。

また、手術室内は陽圧(手術室の中から外に空気が流れる)に設定されているため、扉を開けるとその火が外に勢いよく出ていってしまう可能性があります。訓練ではここまでは再現できないと思いますが、手術室でのぼやが大火災に発展するリスクがあるということは、手術室に立ち入る医療職の方にはぜひ知っていただきたいところです。

ちなみに、Youtubeに「Fire OperationRoom」とかで検索すると、色々な動画が出てきますのでよろしければこちらもご覧ください。詳しく解説されていたものを一つ載せておきますね。


APSF Operating Room Fire Safety

 

②酸素貯蔵室などの医療ガス室

「バスガス爆発」なんて早口言葉もありましたが、医療ガス室の火災は病院が吹っ飛ぶような大火災につながってしまいます。特に酸素貯蔵室などは、酸素が大量にあるために火災対策には十分な注意が必要です。

電気火花のようなところからでも火災につながる可能性はあり、病院によっては「防爆スイッチ」なるものを取り付けているところもあるようです。奥深い世界ですね…。

http://www.ex-nakamura.co.jp/boubaku.html

 

③厨房(栄養科、食堂回り)

火と油を使っているという観点から、食堂や栄養科の厨房も火災のハイリスクエリアになります。

特に注意すべきなのが「ダクト火災」と呼ばれるものです。換気扇の周りについた油に火が付くと、大きな火災に発展します。これらを未然に防ぐためにも、施設の担当者と厨房の担当者が四半期に一度くらいの頻度で現場チェックを行い、定期的な清掃やメンテナンスが行われているかを確認することが必要ですね。
www.tokyo-np.co.jp

その他:防火扉や非常口、消火器の正常な作動

直接のリスクポイントではないですが、火災や煙を遮断するためのドアや窓、火災時に避難を行う非常口が正常に作動するか、またその前にモノが置かれていないか(避難時の障害物がないか)を日常的に確認しておくことは、火災対策を行う上でとても大切です。

その他、期限切れの消火器が現場に放置されていないかなども、地味ではありますがとてもイザという時の火災対策にはとても重要です。

2.火災対策のマニュアル作り

火災のハイリスクエリアを特定した後は、マニュアル作りに移ります。

とはいっても、火災についてはどの部署でも「初期対応」が大切になりますので、部署別に差別化したマニュアルを作るというよりも、以下のようなポイントに対して各部署がすぐに回答できることが大切になります。

・部署内の消火器、火災報知機はどこにあるか?

・ここから一番近い非常口はどこか?

・火災発生時にどのようにシャットオフバルブを閉めることになっているか?

・外来や病棟から患者さんを避難させるためには、どの程度の人手で、何分かかるか? 

※「シャットオフバルブ」は、医療ガスを区域ごとに遮断するために設置するバルブです。院内の医療ガスを管理するうえで非常に重要であり、特に病棟・手術室の看護師の方にはぜひ知っていただきたい装置です。

www.central-uni.co.jp

3.火災対策の職員教育

災害時と同様に、マニュアルを作った後の「訓練」が最も重要なポイントになってきます。

「訓練」といっても実際に院内で火を起こすわけにいきませんので、初期対応のシミュレーションを各部署で行うというやり方になります。できるだけ実地で体験したり、一問一答で実際の理解度を確認できる内容をプログラムに組み込めるとよいですね。

また火災はどの場所でも発生する現象ですので、院内職員だけではなく、清掃やリネン関係などの委託会社、院内に入っているコンビニやコーヒーショップの店員も訓練にかかわる必要がある、という点にも注意が必要です。

ちなみに私の病院では1年に一度、警備会社の方に協力のもと、非常口を実際に使い・歩くツアーを部署単位で実施していただいています。時間はかかりますが、「現場を見る」というこの訓練にほとんどの部署が参加し、院内の火災対策の強化に大きな役割を果たしています。 

その他:「院内禁煙」は火災対策の大原則

「タバコの火の不始末」に伴う火災は、全国各地で目にするニュースです。幸いにも(?)、今年の7月からは法律で病院内は全面禁煙になるようですので、タバコによる病院の火災は減少するのではないかと思っています。

www.nikkei.com

もっとも、私が施設課の方とラウンドしていると、駐車場や病院入り口の茂みなどにタバコの吸い殻が落ちているのをちょくちょく発見していました。病院職員だけでなく、出入りする業者や患者にも禁煙を徹底してもらうことを、病院を上げて呼びかける必要がありますね。

まとめ:病院における火災対策のチェックポイント

  • 火災発生時には、その部署のスタッフが迅速な患者の避難誘導や初期消火を行う必要があり、現場スタッフに求められるレベルが高くなる。
  • 院内で、どこが火災が発生しやすいポイントかを確認することが、火災対策のスタート。手術室での火災は患者さんの安全にも直結するので、特に注意が必要。
  • 非常口や防火扉、消火器といった初期対応に必要な設備が適切に作動するかのメンテナンスも重要。
  • 火災発生時の初期対応をまとめたマニュアルを各部署で作り、それをすぐに回答できるような教育が大切。また座学だけでなく、実際に避難経路を見て回るような現場見学の内容を取り入れるとより効果的。
  • 火災対策の教育は、病院職員だけでなく委託会社や外部業者に対しても行う必要がある。
  • 院内禁煙を徹底することが、火災対策の大原則。

次に病院に出勤した際には、自部署から一番近い非常口や防火扉、消火器をチェックし、火災発生時の初期対応がスムーズにできるよう役立てていただければと思います