プロフェッショナル仕事の流儀から見えた医療安全の世界

2/25に、NHKのドキュメンタリー「プロフェッショナル仕事の流儀」で、名古屋大学の医療安全部門の教授・長尾能雅さん(先生と呼んだ方が良い?)の特集をやっていました。

www.nhk.or.jp

医療安全や質の向上に関わる部署に所属している職員として気になるテーマであり、チェックさせていただいたのですが、忘れないうちに感想を書いておこうと思います。

 

共感できたこと

長尾さんはじめとする医療安全部門が、手術後のガーゼや器具遺残をなくすワーキンググループの立ち上げに苦戦していた時に、「それぞれの分野のプロフェッショナルが本音で話せる場を設け、粘り強くそれぞれの経験や知見を引き出していくことが大切」というアドバイスをするシーンがあったのですが、ここは非常に共感できました。

病院で働いている医療者は朝早くから夜遅くまで患者さんの治療に従事しているため、現状を整理したり、他職種とゼロベースで話し合いをする機会を自主的に作るための時間があまりありません。(もちろんカンファレンスや部署のミーティングは行っていますが、こちらは患者さん治療を円滑に進めるための情報共有という意味合いが強いです)

そのような医療従事者に代わって、

・日中に時間の取れる医療安全部門が院内の現状をヒアリングなどを通じて状況を整理し、

・各関係者の時間を調整し、

・テーマを明確にしたうえで有意義な話し合いの場をつくる

ということは、それだけで病院にとってとても意味があることなのだと実感しました。自分は事務ですが、そのような役回りをすることは多々あるので、自分自身の仕事を客観的に見つめなおす良い機会となりました。

また今回取り上げられた長尾先生は病院の副院長という役職を持っていました。医療安全という自分の診療領域を持たない、第三者的な立場を持つ部署は、ともすれば院内で影響力を持ちにくい部署になる可能性もあります。しかしこのように病院幹部の中に医療安全部門の担当者が入ることで、各診療科や部署への発信力が高まりますし、病院全体で医療安全のための文化を醸成していくことには大いに役立つのかなと感じました。

医療安全活動の難しさ

番組の中で取り上げられていたシーンでは、

・死亡症例のカンファレンスと振り返り

・二つの情報(生年月日&氏名など)での患者確認の取り組み

・手術でのガーゼ遺残防止の取り組み

放射線検査のレポートの「既読」機能

などがありましたが、正直どれも「当たり前」の話であると思っています。しかし、様々なバックグラウンドを持った多くの職員が働く病院という世界で、そのような当たり前のことを100%正しく実践することは難しいです。特に医師に言うことを聞いてもらうのは本当に難しいです。苦笑

ちなみにガーゼ遺残の取り組みのところで、「手術中に使用したガーゼを数えきる前に医師が閉創を始めてしまい、看護師もそれに物申せない」という現状を変えなければ…という内容を見たときは、名古屋大学クラスの病院でもこんな手術場の基本の安全管理が実践できていないのかと、正直びっくりしました。(私が勤務している病院はなかなかやるじゃないかと変に感心してしまいました)

日本の病院は、「チーム医療」などとは歌っていますが、まだまだ医師中心の古い世界なのかなぁと実感させられた一コマでした。

 

医療安全を現場に根付かせるためには、継続的な現場のモニタリングとフィードバックが欠かせません。そして今回の番組では触れられませんでしたが、一人が頑張るのではなく、各部署に医療安全活動の意義を知ってもらい、現場を巻き込みながら変えていくことが必要です。長い時間と根気が必要な業務ですが、全国の病院に本当の意味での医療安全活動が根付いていくとよいなと思います。

ちなみに…「医療安全専従の医師」は日本の病院ではごく少数

今回紹介されていた名古屋大学には、医療安全管理室があり、そこには専従の医師(診療活動には原則関わらず、医療安全のことだけをする医師)が2名いると紹介されていました。しかし、これは医師が豊富な大学病院だからこそできるワザであって、ここまで医師の人手を割いている一般の民間病院はほぼ皆無だと思います。通常の病院だと、医療安全部門に医師はいますが、診療と並行して関わっていることがほとんどです。

今回は「医療安全にかかわる医師」がクローズアップされていましたが、普通の病院だと医療安全担当の看護師がこのような役回りを担っています。今回のドキュメンタリーから、「医師だからこそ周りが話が聞いてくれてうまくいっている」と感じる人がいたらとても残念ですし、医師以外に医療安全に関わる病院職員ももっと取り上げてほしいなぁと思いました。(地味なテーマがますます地味になりそうですが…)

個人的には、「医療安全専従の医師」がいることが大切なのではなく、病院全体で医療安全文化に取り組む文化を醸成することが大切だと思っています。そこには病院幹部の理解やコミットメントが必要ですし、番組でも紹介されていた「インシデント報告を積極的に行う」といったのような草の根的なスタッフの理解度の高さが必要になります。

職種の壁がなく、患者さんの安全のためにスタッフ全員がアンテナを高く晴れる病院が日本に一つでも多く増えていくことを願いたいですね。

 

番組的に、細かなところで色々とツッコミどころはあったのですが、全体を通しては主人公の長尾先生の誠実な人柄が見えて、勉強にもなりました。

3/3(日)の13:05からNHKで再放送があったり、オンデマンド放送もネットでやっているようなので、よろしければぜひご覧ください。