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新卒採用のはなし

うちの病院では、途中色々あり、ここ2年くらい事務の採用活動をしていなかったのですが、どうやら今年の就活生から採用活動を再開するみたいです。

個人的にも、後輩を持ったことがないままの社会人生活なので、そろそろ後輩が欲しいなーと思っています。説明会でも少し話をさせてもらうことになったので、気が早いですがどんな人たちが来るのかを楽しみにしています。

 

実は僕の同期も含めてですが、3~8年目くらいの世代の人たちが立て続けに辞めていくという現象が起きています。

なぜ辞めてしまうのか?

理由は様々だと思いますが、会社側が関連する退職理由は下記の三つだと考えます。

 

①採用前…HPや説明会での発信するメッセージに誤りがある

「就職活動は会社と就活生の建前のぶつけ合い」というのは重々承知ですが、やはり入ってから働いてもらう以上、会社側でミスリードするようなメッセージを発信することはよくないと思っています。

労働条件や就労環境が提示していたものと違っていた、なんていうのは言語道断ですが、話し上手な特定のスタッフを広告塔のようにすることは、会社側にとって実はリスクのある活動のような気もしています。というのは、就職説明会の場で「こんな仕事ができるのか!」「こんな人と働けるのか!」と思っても、それが実現できる確率は極めて低いからです。

若手時代には下積みとして現場で文字通り汗水たらして働く期間があるはずですし、それ以外にも先輩から依頼される(押し付けられる)雑用がいっぱいあります。「そういった仕事があることくらい想像しとけ!」という会社の理屈は、「こんなはずじゃなかった!」という就活生の理屈と重なるところがないので、やはりここは会社が就活生の立場になって、ある程度具体的なキャリアパスや様々な先輩の仕事紹介の機会を作ってあげるべきだと思います。

 

②採用中…採用面接をする人の眼がよくない

「採用面接はコミュニケーション」とよく言いますが、面接でコミュニケーションがうまくいっても、辞める人は辞めます。上司に教えてもらったのですが、会社によっては、面接を担当したスタッフごとの退職率などを把握する仕組みがあるそうです。

評価項目のチェックリストはあると信じたいですが、そこにチェックを入れる際には必ずその人の主観が入ります。「誰の主観が正しいのか?」を数字で測ることは、継続的に安定した採用活動をする上で重要なのかもしれません。

とりあえず、うちの病院の場合は、退職が連続して発生した世代の面接官の採点結果をきちんと遂行するべきだと思います。なんて、こんなこと面と向かってはなかなか言えないけど…。

 

③採用後…人を育てる仕組みがない

これは一番難しい問題です。

現場は新人をどうしても労働力としてみてしまいがちです。仕事を教えるのは大変だし、一人前になった後は手放したくない。創造的で面白い仕事なんてどこにでも転がっている訳ではなく、淡々とこなす仕事が増えていき、このまま1年、5年、10年経っていくのか…と思い辞めていった、というのは私の辞めた同期の言葉です。

「ジョブローテーション制の導入」というのは簡単ですが、その文化をつくっていくのは人を出す側の現場であり、そこにマインドチェンジが起きるのにはまだまだ時間がかかりそうです。

 

とりあえず、今の私にできるのは、就活生の方に正しいメッセージを面白く伝えることですね。いつかは、③の採用後の仕組み作りに現場サイドで関わりたいんですが…いまは力を蓄えることにします。

プロの落語家を見たはなし

一昨日、立川談春さんの独演会に行ってきました。

2015年の年末に放送されたスペシャルドラマ「赤めだか」がすごい面白くて、

その後ドラマのもとになったエッセイも読んで、いつか生で落語を聞いてみたいな~と思ってたのですが、機会が合わなかったり、チケットの申し込みを忘れていたりでなかなか実現しませんでした。 

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 今回、チケットに余りがあったの勢いで申し込み、仕事終わりに独演会に行くことが出来ました!

 

会場は、小田急線の狛江駅にある狛江エコルマホール…なんでこんな会場場所のチョイスなんでしょうか。(しかも1階はスーパーだった)

仕事の都合がどうしてもつかず、開演30分遅れでダッシュで会場へ。

急いで入場をしようとすると、モニター前へ通される…あ、途中入場禁止なんですね。。

演目は「居残り佐平治」。

遊ぶお金のない男が遊郭に行くも、支払いが出来ずに帳場の人たちを困らせ、挙句の果てには布団部屋に泊まり込んでしまう。

しかし、その佐平治が遊郭の常連さんに気に入られていき、そこで今まで働いてきた人の立場がなくなっていき…というお話でした。

 

前半の「支払いが出来ないけどとやかく理由をつけて逃れようとする客」は、私も病院で何度も出くわしたことがあり、

後半のいつのまにかその場に馴染んじゃうお調子者も、「こんな奴いるなぁ」と思ってみてしまい、落語未経験者にも優しいストーリーでした。

 

前半・後半合わせて100分くらいの演目だったのですが、これを一人でやりきる落語家ってほんとにすごいと、心から思いました。

トークショーだったら、相手の雰囲気を見ながら話を選ぶことが出来ますし、

漫才だったら、相方もいて、台本をベースにしながら会場の様子を見てアドリブも入れられる。

でも落語は、基本アドリブを入れられないはずですし、今回は居残り佐平治一本での口座でした。恐らく、お客さんの反応を見ながら、粒だてるシーンがあったり、早めに終わらせるシーンがあると思うのですが、それをたった一人の舞台で、何百人もの相手をやりきる胆力と技術…ただただ感服です。

結婚式の二次会の司会を頼まれ、完全台本トークでも緊張していた私とは偉違いです。当たり前か。

Youtubeで何でも見れちゃう世の中ですが、会場の中でしか味わえないライブ感、ヒリヒリ感ってとても大切だと思います。今年は月に1回くらい、こういうイベントに足を運んでみようと、今さらながら自分に誓いを立ててみたのでした。

 

そして立川談春の独演会も、また行ってみたいと思います。

「裏を返さぬは客の恥」、なので。

問題解決に取り組む前に、前提を見直す

「話の前提を知る」ということは、現場の問題を上司と話すときに、口を酸っぱくして言われることの一つです。 

 

例えば、「検査を依頼した医師に検査結果を電話で伝えたいのだが、つながらないことが多い。電話連絡の専属交換手のようなスタッフを近くにおいてほしい」という意見が現場から上がってきたときに、考えて行くステップは以下のような順番になると思います。

1.検査結果の電話連絡に関する取り決めはあるか(ルールの有無の話)

2.どこまで電話連絡をしなければならないことになっているか(ルールの内容の話)

3.電話連絡の取り決めを変えればその問題は解決できるか(ルールの見直し)

この3つの検証ステップは、「現状を維持にした場合問題が生じるか?」という観点から考えていくべきことであり、この検証を経てもなお、問題が解決しなさそうなときに、初めて「現状からの運用を変更する」というところに行きつきます。

 

例えば、もしかしたらこの意見を上げたスタッフは、

1の取り決めの存在を知らなかったのかもしれませんし、

2の連絡網について、決められている業務の一歩手前で連絡することを諦めてしまったのかもしれません。

また3で言えば、ルールには書かれていないが、話を聞いてくれそうな部署や人に相談しなかったのかもしれません。

 

ここまでリサーチをかけたうえで、初めて「では、現状維持も含めて対案を考えましょう」となります。

※ちなみに、今回の場合は、「ルールはあったが、電話連絡を途中で中断してしまった。でも相手が捕まるまで電話をかけ続けるのは大変なので、何とかしてください…」というお話でした。

 

「現象に飛びついてはいけない」ともよく上司は言うのですが、どんな組織のどんな仕事にも、前提になっているルールが何かしらあるはずですので、それを理解することが問題解決の第一歩なのだと感じます。

ガキの使いにならないように、ブランク資料をつくる

社会人1年目の時、周りの先輩から勧められたり、学生から社会人のギャップを何とか埋めようと思ったりしていたことから、いわゆる「ビジネススキル系自己啓発本」は一通り読んだことがあります。

 

どの本も書いてあることは大体同じで、

「ロジカルに考えるために、ピラミッドストラクチャー、MECEといった概念を用いてみよう」

「まずは仮説を立ててみよう」

「正しい論点が何かを見極めよう」

とかが書いてあり、フムフムと思いながら読んでいましたが、そういった以前に仕事の段取り、情報収集といった基礎的なことに躓くことが多く、また本の知識を即座に仕事に生かせるはずもなく、悔しい思いをした記憶が残っています(いまも躓くことばかりですが…)

 

2年目以降は、新しいビジネス本にはあまり手を出さず、1年目に買ったいわゆるベストセラー的なビジネス本をたまに読み返していたのですが、最近本屋に入って久しぶりに買ってみるか、と思ったのが伊賀泰代さんの「生産性」という本です。

生産性―――マッキンゼーが組織と人材に求め続けるもの

生産性―――マッキンゼーが組織と人材に求め続けるもの

 

 

ここに、「それをやればよかったのか!」と思わず膝を叩いてしまうような仕事術、考え方があったのでご紹介です。

それがタイトルにもありますが、「ブランク資料を作る」ということです。

 

ブランク資料とは、情報収集を始める前の段階でつくる、プレゼンテーションの下書きです。

つまり、報告当日の話の流れと伝える情報を決めたうえで、中の数字やエピソードは空っぽ、という状態で資料を作るということです。

そのブランク資料をまず上司に一回揉んでもらってから、情報収集なりインタビューに向かうことで、仕事の生産性が大幅にアップします、というのが主な内容でした。

 

自分の1年目の時を振り返ってみた時、勇んで現場にヒアリングに行き、現場の声にいちいち耳を傾けたはいいものの、帰ってきて上司に報告したら肝心の情報がことごとく抜け落ちていた、なんてことがよくありました。恥ずかしい。

でもこのブランク資料を作り、上司に揉んでもらってから現場に行けば、相手には「ここの情報を埋めてもらえませんか?」と聞くだけで話は終了です。

 

そして素晴らしいことに、このブランク資料を作るためには「仮説」「論点」「話の構成」を決めなければいけないのです!

「あなたの仮説は何?」「論点は何?」みたいな難しい詰め方をされなくても、ブランク資料の作成をヒアリング前の関所にしてしまえば、勝手にこのような概念を意識して仕事ができたんじゃないかなーと読んでいて思いました。

 

これ以上はネタバレになりそうなので、あとはこの本を買って読んでみてください。

そんじゃーね。

仕事を回している人たちは決して目立たない

私はスポーツノンフィクションとか読むのが結構好きなのですが、

その中でサッカー日本代表監督を務めたフィリップ・トルシエイビチャ・オシム氏の言葉で特に心に残っているものがあります。

「完璧なチームとは8人の明神と3人のクレイジーがいるチームだ」(トルシエ

「このチームには水を運ぶ選手が必要だ」(オシム

 

明神選手は、2002年W杯でも活躍した、当時の日本代表のボランチ(守備的MF)、

オシム監督のいう「水を運ぶ選手」とは、当時は浦和レッズ鈴木啓太選手やFC東京の今野選手などを指すといわれていました。

 

いずれも、得点シーンにはほとんど絡まず、中盤でひたすら汗をかきボールを拾う選手だったという印象があります。

しかし、このような選手たちが、サッカーを90分成り立たせ、チームを勝利までもっていく選手でもあるといわれています。

 

自分の仕事に振り返ってみると、前の部署にいた時、もちろんクレーマーや癖のある患者を丸め込んでくれるような弁の立つ先輩も頼もしいのですが、定型業務をてきぱきとこなし、周りを身軽にしていく先輩の存在がとても大きかったことを思い出します。

その人がいる日といない日で、これでもかというくらい忙しさが違います。

その先輩は同期や上司からは、「もう少し積極的にリーダーシップをとってほしい…」という感想を持たれていたようですが、下から見ると、欲を出さず(ないだけなのかもしれませんが)、与えられた仕事を高い精度で早く仕上げていく先輩が部署にいることは、こんなにもありがたいことなのか、と感じていました。

 

会社には、物事を動かす人、物事を決めて帰ってくる人が必要ですが、それとは別に、いつの時代でも「水を運ぶ選手」の存在が必要とされるんだと思います。

守る仕事、攻める仕事

スポーツと同じように、仕事にも守りと攻めがあるんじゃないかと、前の部署から異動して強く思います。

 

守りの仕事:自分の部署の抱えている作業、持つべき役割に沿って進んでいく仕事

攻めの仕事:相手の部署の抱えている作業、持つべき役割に変化を求めていく仕事

 

うちの病院の事務部門だと、守り8割、攻め2割くらいの比率だと思います。

守りの部署には、事務作業や顧客サービスといった、いわゆる「マニュアル」に沿って進めていく仕事が多いのが印象です。(※守りの仕事=頭を使わない事務作業というわけではありません、ご注意を)

一方攻めの部署は、組織の方針・目標に近づけるため、守りの部署に変化を求めたり、部署と部署との間に立ってコーディネイトする仕事が多いです。

 

攻めの部署の難しいところは、守りの部署のことを客観的にきちんと理解しなければいけないこと、そして確固たる目的をもって前に進んでいかなければいけないことです。

人から話を聞く、意見を聞くことをしなければ前に進めないけど、

どこかで「それはできません」と、話を教えてもらった人に言わないといけない…。

守りの部署の場合、実働部署としての確固たる立ち位置、これまでの業務の積み重ねとしてのマニュアル、そして周りからの後押しがありますが、攻めの部署にはそういった要素がほとんどありません。少人数・もしくは一人で、目的を達成するために立ち振舞わなければいけない…難しいです。

 

…なんか、守りの仕事は楽、攻めの仕事は大変みたいな書き方になってしまいましたが、決してそんなことはありません!

みんなが食べていけるのは、黙々と会社として守るべきところを守っている人たちがいるからなのです。

消化不良なので、私が守りの仕事の部署だった時の頃を思い出し、別立てでもう一度書き直そうと思います。

混合診療に関して知識を整理してみる

最近の業務の中で、「この治療や検査を自費診療で行うとどうなのか?」という問題を考える機会が何度か続きました。いわゆる、『混合診療』の問題についてです。

この問題は現在の日本の医療保険制度ではグレーゾーンにあり、個別の事例について詳しくここで書くことはできないません。

ただ何となくモヤっとした仕事になってしまったので、自分の思考の整理のために、混合診療についてこの場でまとめてみようと思います。

 

1.そもそも、混合診療とは?

厚労省のホームページを見ると、「保険診療と保険外診療の併用は原則として禁止しており、全体として自由診療として整理される」と記載されています。

なんだか分かりにくいのでまとめなおすと、『同一疾患を同一期間内に同一の医療機関で受診する場合は、自由診療と保険診療の混在を認めません。もし混在するのであれば、保険証は使用せずにすべて自費で払ってください』、ということになるかと思います。

Wikipediaを見ると、混合診療は下記の5つに分類されると書いてあります。

  1. 保険診療範囲内の診療で回数などに制限があるものを制限以上に行う場合(制限外混合診療
    腫瘍マーカーの制限回数を超える医療行為など
  2. 新医療技術でまだ保険診療として認められていない行為を保険診療と同時に行う場合(新技術的混合診療
    特定療養費制度の一種である高度先進医療など
  3. 患者の価値観によって選択されるような保険範囲外の医療(価値観的混合診療
    健康診断などの予防医学的行為や美容整形的手術など
  4. 政策的に決定された混合診療(政策的混合診療
    政策的判断から患者からの費用徴収が認められている特定療養費制度など
  5. 医療行為ではない特別なサービスを保険診療中に受ける場合(アメニティー的混合診療
    特別室に入院した場合、医師を定めて予約した場合など、限定された少数のサービスなど

今回は、この中で「治療行為」が直接的にかかわる1~3の事例を考えていきたいと思います。

 

2.これは混合診療にあたるのか?を考える

以下に書くのは個人的な解釈に基づくものであり、厚労省から直接「この解釈でOKです」と言われている訳ではありませんので、悪しからず…。。

 

A)普通分娩目的で入院した妊婦さんが緊急で帝王切開手術を行った場合

これは割とよくあるケースなのでご存知の方も多いかと思いますが、混合診療には該当せず、帝王切開手術の治療からは保険診療として扱われます。つまり、一入院の中に保険診療の期間と自費診療の期間が混在することがOKと見なされます。

理由としては、「普通分娩」は病気・治療ではないからです。このため、「普通分娩を控えて病院に来た妊婦」は治療目的ではない入院ということになります。

一方で、帝王切開が必要な患者さんは「異常分娩」であり、これは一疾患と見なされ、治療目的での入院となります。

このため、妊婦さんの場合は『同一疾患を同一期間内に同一の医療機関で』のうちの『同一疾患を』に該当しないことになり、混合診療に該当しないという解釈でOKのようです。

 

B)人間ドックで入院していたが、ドックの検査で新しい疾患が見つかりその治療を行うことになった場合

Aと比べると混合診療っぽく見えますが、これも恐らく混合診療には該当しないのではないかと考えます。

なぜなら人間ドックを受ける患者は、例えば胃がんに対する内視鏡検査を目的で来た患者とは異なり、「具体的な疾患」を抱えている訳ではないからです。

ドックでの検査がきっかけになり、自由診療である検診を中止して保険診療での治療に切り替えた場合は、混合診療には該当しないと考えます。

 

C)保険診療で認められていない抗がん剤投与を入院患者に対して行った場合

これは混合診療に該当します。抗がん剤分はもちろん、それ以外の入院基本料や検査費用、食事代に至るまで、すべてが患者負担になります。

 

Cのようなケースで厄介なのが、「自費治療期間中に合併症などが発生し、予定していた入院期間が大きく超過した場合」です。

これは『同一疾患を同一期間内に同一の医療機関で』の定義をどこまで厳密にとらえるべきか?、という各病院の考え方によって対応方法が変わってくると思います。

もしかすると、「合併症はもともとの疾患とは違う病気で、予定していた治療期間とも大幅に異なる。患者に説明の上で、保険診療に切り替えよう!」という病院もあるかもしれません。

 

ただし、恐らく厚労省の立場からは、「自由診療に伴う合併症への治療は自費診療であり、保険診療への切り替えは混合診療である」と捉えるでしょう。その場合は、追加負担分を患者が払うか、病院が追加負担分を持つか、いずれにせよどちらかが泣くことになります。こういった入院が長期化し、患者の医療費負担が膨大になる、または病院が赤字になるケースがあることを認識したうえで、自由診療を受け入れることが病院側としては健全な在り方かと思います。

 

長くなってきたので、「混合診療について思うこと」は別の記事でまとめてみようと思います。 

今、この本を読んでいるのですが、混合診療についての基本的な考え方が丁寧に書いてあり、勉強になります…。

 

医療政策を問いなおす: 国民皆保険の将来 (ちくま新書)

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